猫の急性呼吸困難
突然始まる重度の呼吸困難です。口を開けて呼吸、首を伸ばして呼吸、チアノーゼ(舌や歯茎が紫色)などが見られます。
急性呼吸困難の要点まとめ
- 主な原因
- 心不全(肺水腫)、胸水の急速な増加、気道の閉塞、重度のアレルギー反応(アナフィラキシー) など
- 緊急受診
- 口を開けて呼吸、舌や歯茎が紫色、首を伸ばして苦しそうに呼吸
- 自宅対応
- すぐに動物病院に向かう。興奮させない、ストレスを最小限にする
- 治療費目安
- 初期緊急安定化(酸素・胸腔穿刺・レントゲン・血液検査):30,000〜80,000円。喘息(月間維持):5,000〜15,000円。心不全入院治療:50,000〜200,000円。膿胸入院治療:100,000〜300,000円
病態生理
呼吸困難(dyspnea)は、正常な換気が障害され、呼吸努力が増大した状態の総称である。猫は安静時に口呼吸をすることは正常ではなく、開口呼吸は重篤な呼吸障害の徴候として緊急性が極めて高い。呼吸困難の病態は解剖学的部位により分類される:上気道閉塞(吸気性呼吸困難:喘鳴・ストライダー)、下気道疾患(呼気性呼吸困難:喘息様呼気延長・ウィーズ)、肺実質疾患(混合型:頻呼吸・浅速呼吸)、胸腔内疾患(拘束性:浅速呼吸・腹式呼吸)。猫では胸水貯留と肺水腫が呼吸困難の最も多い原因であり、ほぼすべての新規発症呼吸困難は容量負荷(volume overload)によるとされる。猫の正常呼吸数は安静時20-40回/分であり、40回/分を超える場合は異常として緊急評価が必要。呼吸困難の猫はストレスに極めて脆弱であり、不適切なハンドリングで急変・突然死するリスクがあるため、最小限のストレスでの初期評価と酸素投与が優先される。
考えられる原因
- 心不全(肺水腫)
- 胸水の急速な増加
- 気道の閉塞
- 重度のアレルギー反応(アナフィラキシー)
- 気胸
- 肺血栓塞栓症
鑑別診断
肥大型心筋症(HCM)に伴う左心不全が最多原因。猫の肺水腫は犬と異なりびまん性・多巣性など分布が多様。胸水貯留を伴うことも多い。安静時の呼吸数増加(SRR>40回/分)が初期症状。ギャロップリズム(S3/S4)の聴取、NT-proBNP上昇が診断的。利尿薬投与で速やかに改善
気管支の慢性的なアレルギー性炎症による可逆性の気道狭窄。突然の呼気性呼吸困難・咳(腹式努力呼吸の「ヒーリングポジション」)・喘鳴が特徴的。発作性に増悪し、間欠期は無症状のことも。胸部レントゲンで気管支壁肥厚(ドーナツサイン・トラムライン)・肺過膨張を確認。好酸球増多を伴うことが多い
胸腔内に液体が貯留し肺の拡張を妨げる。心不全以外の原因として膿胸(細菌性胸膜炎)、リンパ腫等の腫瘍性胸水、FIPによる浸出液、乳び胸(特発性・外傷性)がある。聴診で呼吸音減弱・心音減弱。POCUS(ポイントオブケア超音波)で迅速に検出し、胸腔穿刺で治療的かつ診断的に排液
胸腔内に空気が貯留し肺の虚脱を引き起こす。外傷性(交通事故・高所落下・咬傷)が最多。自然気胸(肺ブラ破裂)は稀。突然の呼吸困難・胸部打診で鼓音・呼吸音消失。緊張性気胸は生命を脅かす緊急事態であり即座の胸腔ドレナージが必要
感染性肺炎はカリシウイルス・細菌(Bordetella・Mycoplasma)が原因。誤嚥性肺炎は嘔吐・強制給餌・麻酔後に発生。発熱・膿性鼻汁・咳・頻呼吸を伴う。胸部レントゲンで肺胞パターン(気管支肺胞性浸潤影)を確認。重症例は急性呼吸促迫症候群(ARDS)に進行しうる
若齢猫(2-5歳)でFeLV関連のT細胞型リンパ腫が多い。前縦隔の腫瘤により気管・心臓の圧排と胸水貯留を来す。急激な呼吸困難・嚥下困難・頭頸部の浮腫。胸水中のリンパ芽球の細胞診で診断。化学療法が第一選択だが、初期の酸素化と胸水排液が最優先
吸気性の喘鳴(ストライダー)が特徴的。鼻咽頭ポリープは若齢猫に多く、いびき様呼吸音・中耳炎を伴う。喉頭麻痺は高齢猫で甲状腺機能亢進症治療後に発生することがある。異物による急性閉塞は開口で直視下に確認
肺動脈への血栓塞栓により急性の呼吸困難・頻呼吸・チアノーゼが出現。心筋症・ネフローゼ症候群・DIC・膵炎に続発。胸部レントゲンで局所的な肺野透亮度低下。確定診断にはCT肺血管造影が必要だが猫では実施困難なことが多い
緊急度の目安
| 状況 | 緊急度 |
|---|---|
| 口を開けて呼吸 | 緊急受診 |
| 舌や歯茎が紫色 | 緊急受診 |
| 首を伸ばして苦しそうに呼吸 | 緊急受診 |
診断の進め方
呼吸パターンの評価が最優先。吸気性(上気道)vs呼気性(下気道)vs混合型(実質・胸腔)。呼吸数・呼吸努力・姿勢(起坐呼吸・開口呼吸)・粘膜色を離れた場所から観察。呼吸困難の猫は過度のストレスで急変するため、安定化前の検査を最小限にする
胸水の有無を数分で判定できる最も有用な初期検査。胸水が確認されれば直ちに胸腔穿刺を実施。TFAST(Thoracic Focused Assessment with Sonography for Trauma/Triage)プロトコルで肺水腫・心膜液も評価。ストレスを最小限にした保定で実施可能
酸素投与と初期安定化後に実施。肺水腫・気管支壁肥厚・肺過膨張(喘息)・胸水・気胸・腫瘤・肺炎の評価。2方向(VD/DV + lateral)撮影が理想だが、呼吸困難が重度の場合はDVのみで判断。猫の肺水腫はびまん性パターンが多い
CBC(感染・貧血評価)、血液生化学(腎肝機能・電解質)。NT-proBNPは心原性vs非心原性呼吸困難の鑑別に有用(>270pmol/Lで心疾患を強く示唆)。FeLV/FIV検査(リンパ腫リスク評価)
心原性呼吸困難が疑われる場合に実施。心筋症の種類・重症度・心機能・左房拡大・心房内血栓の有無を評価。心膜液の有無も確認。EPSS(E-point septal separation)で簡易的な収縮能評価が可能
自宅での対応
- すぐに動物病院に向かう
- 興奮させない、ストレスを最小限にする
- キャリーケースに入れる際も慎重に
- 車内は換気を確保する
治療法
緊急安定化(酸素療法・最小限ストレス)
呼吸困難の猫の初期管理で最も重要。酸素ケージ(FiO2 40-60%)に収容し、最小限のハンドリングで安定化を図る。フローバイ酸素(鼻先にチューブで酸素供給)も有効。胸水が疑われればPOCUSで確認し即座に胸腔穿刺。致死的な上気道閉塞には緊急気管挿管または一時的気管切開
初期安定化の成否が予後を大きく左右。適切な酸素化と原因に対する迅速な治療で多くの症例が安定化する
うっ血性心不全(肺水腫)の治療
フロセミド2mg/kg IV/IMを初回投与し、1-2時間ごとに1-2mg/kg追加(急性肺水腫の排液)。安定化後は経口フロセミド1-2mg/kg q12-24hで維持。硝酸グリセリン軟膏の耳介塗布は前負荷軽減に使用されるが効果は限定的。基礎心疾患に対する長期的管理を並行して開始
急性肺水腫は迅速な利尿薬投与で安定化しうるが、基礎心筋症の予後に依存。うっ血性心不全発症後のHCM猫の中央生存期間は約1.5年
猫喘息の治療
急性発作:テルブタリン0.01mg/kg SC/IMで気管支拡張。デキサメタゾン0.1-0.25mg/kg IV/IMで気道炎症を抑制。長期管理:フルチカゾンMDI(125μg)をスペーサー(AeroKat等)経由で1日2回吸入。経口プレドニゾロン1-2mg/kg q12-24h漸減療法。環境中のアレルゲン除去(受動喫煙・粉塵・芳香剤回避)
多くの症例で薬物療法により良好なコントロールが可能。吸入ステロイドは全身性副作用が少なく長期管理に適する。治療中断で再発リスクあり
胸水貯留の治療
胸腔穿刺による治療的排液が最優先。超音波ガイド下で安全に実施。排液した胸水は細胞診・培養・生化学検査に提出し原因を同定。膿胸には胸腔ドレーン留置と長期抗菌薬療法。腫瘍性胸水には化学療法。乳び胸は食事療法(低脂肪食・中鎖脂肪酸)で保存的管理し、不応例は外科(胸管結紮)を検討
原因による。膿胸は積極的治療で約75-90%が回復。腫瘍性胸水は化学療法の反応性に依存。心原性胸水は心不全管理の予後に準じる
疫学データ
呼吸困難は猫の救急受診の最も多い主訴の一つ。HCMに伴う心不全が約30-40%、猫喘息が約1-5%、胸水貯留が約20-30%を占める。猫喘息の有病率は猫全体の約1-5%と推定される
心不全:中年齢(5-7歳)に多い。喘息:2-8歳。縦隔リンパ腫:2-5歳。膿胸:全年齢(外出猫に多い)。鼻咽頭ポリープ:3ヶ月-5歳
メインクーン・ラグドール(HCM関連呼吸困難)、シャム(喘息好発)、若齢純血種(FIP関連胸水)
初期緊急安定化(酸素・胸腔穿刺・レントゲン・血液検査):30,000〜80,000円。喘息(月間維持):5,000〜15,000円。心不全入院治療:50,000〜200,000円。膿胸入院治療:100,000〜300,000円
参考文献
- Approach to Respiratory Distress in Dogs & Cats — Today's Veterinary Practice
- Lung Ailments: A Widespread Source of Feline Woe — Cornell University College of Veterinary Medicine - Feline Health Center
- 呼吸が困難 / 猫の病気 — JBVP - 日本臨床獣医学フォーラム
- 猫喘息 — FPC ペット保険
- Pleural Effusion in the Cat: A Practical Approach to Determining Aetiology — PMC (Veterinary Sciences)
急性呼吸困難に関するよくある質問
Q. 猫が急性呼吸困難を見せる原因は何ですか?
猫の急性呼吸困難の主な原因には、心不全(肺水腫)、胸水の急速な増加、気道の閉塞、重度のアレルギー反応(アナフィラキシー)、気胸、肺血栓塞栓症があります。
Q. 猫の急性呼吸困難はいつ病院に行くべきですか?
緊急口を開けて呼吸
緊急舌や歯茎が紫色
緊急首を伸ばして苦しそうに呼吸
Q. 猫の急性呼吸困難の自宅での対処法は?
- すぐに動物病院に向かう
- 興奮させない、ストレスを最小限にする
- キャリーケースに入れる際も慎重に
- 車内は換気を確保する
Q. 猫の急性呼吸困難の治療費はどのくらいですか?
猫の急性呼吸困難に関連する治療費の目安は初期緊急安定化(酸素・胸腔穿刺・レントゲン・血液検査):30,000〜80,000円。喘息(月間維持):5,000〜15,000円。心不全入院治療:50,000〜200,000円。膿胸入院治療:100,000〜300,000円です。実際の費用は症状の重症度や治療内容によって異なります。