猫の動かない
猫がまったく動かない、または動こうとしない症状です。重度の痛み、神経疾患、または全身状態の著しい悪化を示す可能性があります。
動かないの要点まとめ
- 主な原因
- 重度の痛み、大動脈血栓塞栓症(後肢麻痺)、脊椎の外傷・疾患、重度の全身感染症 など
- 緊急受診
- まったく動かない・反応が鈍い、後ろ足が突然動かなくなった
- 自宅対応
- 優しく声をかけて反応を確認する。体温を保つ
- 治療費目安
- ATE入院治療(3-7日):100,000〜300,000円。脊椎手術:200,000〜500,000円。MRI検査:50,000〜120,000円。低カリウム血症治療(入院輸液):30,000〜80,000円。骨折手術:100,000〜400,000円
病態生理
猫が「動けない」状態は、運動機能の喪失(麻痺・不全麻痺)、重度の疼痛による不動、全身性の虚弱(重度脱水・ショック・代謝異常)、または意識レベルの低下(昏迷・昏睡)のいずれか、もしくはこれらの複合によって生じる緊急症候群である。猫で最も重要かつ急を要する原因は大動脈血栓塞栓症(ATE/FATE)であり、肥大型心筋症に続発した左心房内血栓が大動脈遠位端(腸骨三叉部「サドル部」)に塞栓し、後肢の急性虚血性麻痺を引き起こす。神経学的原因としては脊髄疾患(椎間板ヘルニア・線維軟骨塞栓症・脊髄腫瘍)、脳疾患(脳血管障害・脳腫瘍)、末梢神経障害がある。脊髄損傷の場合は損傷レベルにより上位運動ニューロン(UMN)徴候または下位運動ニューロン(LMN)徴候を示し、神経解剖学的局在診断が治療方針決定に必須となる。全身性の原因としては重度の低カリウム血症(頸部腹屈が特徴的)、重度貧血、敗血症性ショック、多臓器不全なども猫が動けなくなる重要な原因である。
考えられる原因
- 重度の痛み
- 大動脈血栓塞栓症(後肢麻痺)
- 脊椎の外傷・疾患
- 重度の全身感染症
- 電解質異常
- 低体温症
鑑別診断
猫の急性後肢麻痺の最も多い原因。突然の激しい痛みの叫び声とともに後肢が動かなくなる。後肢の冷感・大腿動脈の脈拍消失・肉球のチアノーゼ(正常は淡桃色→塞栓側は蒼白〜紫色)・後肢の筋肉硬直(6時間以降)が特徴。'5P'(Pain, Pallor, Pulselessness, Paralysis, Poikilothermia)で臨床診断。背景に心筋症(HCMが約75%)が存在
椎間板物質の脊柱管内への脱出により脊髄が圧迫される。胸腰部が好発部位。急性の後肢不全麻痺〜麻痺・背部痛・排尿障害。犬ほど頻度は高くないが猫でも発症する。ハンセンI型(急性脱出)とII型(慢性突出)がある。深部痛覚の有無が予後判定に重要。MRI検査で確定診断
椎間板の線維軟骨が脊髄血管を塞栓し急性の脊髄梗塞を引き起こす。運動中や軽微な外傷後に突然の不全麻痺〜麻痺が発症。初期の疼痛は短時間で消失し、その後は非進行性の神経障害が残る。左右非対称の神経症状が特徴的。MRI検査で脊髄実質内の信号変化を確認
リンパ腫が猫の脊髄腫瘍の最多原因。進行性の後肢不全麻痺、排尿障害、背部痛が数週間〜数ヶ月かけて増悪。FeLV関連のリンパ腫は若齢でも発症。MRI検査と脳脊髄液検査(リンパ芽球検出)で診断。骨原発腫瘍(骨肉腫)は脊椎に溶骨性変化を呈する
血清カリウム値の著明な低下(<3.0mEq/L)により骨格筋が機能障害を来す。頸部の腹屈(ventroflexion: 頭を持ち上げられない特徴的な姿勢)が猫に特有の症状。全身性の筋力低下・起立不能。慢性腎臓病・摂食不良・過剰な輸液が原因。カリウム補充で速やかに改善する
末梢性(中耳炎・鼻咽頭ポリープ・特発性)または中枢性(脳幹疾患)の前庭機能障害。急性の斜頸・眼振・運動失調・ローリング・嘔吐で起立不能に。末梢性は意識清明だが中枢性は意識障害を伴うことがある。末梢性の特発性前庭疾患は自然回復傾向
交通事故・高所落下(High-rise syndrome)・踏圧が原因。骨盤骨折は後肢の運動障害・血尿・排便障害を伴う。脊椎骨折・脱臼は脊髄損傷を合併し麻痺を来す。四肢骨折では患肢の腫脹・変形・異常可動性。レントゲンで確定診断
マダニの唾液中の神経毒素が神経筋接合部を遮断し上行性弛緩性麻痺を引き起こす。後肢から始まり数日で四肢麻痺に進行。ダニの除去後24-72時間で回復開始。全身の丹念なダニ探索が診断的。オーストラリア・北米で多い(日本では稀だが報告あり)
全身性の循環不全により動くことができなくなる。皮膚ツルゴールの低下(脱水)、低体温・徐脈・低血圧(猫のショックの特徴:犬と異なり徐脈)、可視粘膜蒼白、CRT延長。重度消化器疾患・膵炎・子宮蓄膿症・穿孔性腹膜炎が基礎疾患として多い
緊急度の目安
| 状況 | 緊急度 |
|---|---|
| 動きが極端に少ないが反応はある | 早めに受診 |
| まったく動かない・反応が鈍い | 緊急受診 |
| 後ろ足が突然動かなくなった | 緊急受診 |
診断の進め方
ABC(気道・呼吸・循環)の評価が最優先。大腿動脈の触診(脈拍の有無・左右差→ATE疑い)、後肢の温度・肉球の色、深部痛覚の有無、意識レベル(AVPU)、体温測定、脱水評価。神経学的検査(反射・筋緊張・深部痛覚・肛門反射)で病変の神経解剖学的局在を同定
CBC(貧血・白血球増加)、血液生化学(電解質特にカリウム・BUN/Cre・CK(筋損傷マーカー)・乳酸値・肝酵素・血糖)、凝固検査、FeLV/FIV検査。ATEでは高CK血症・高カリウム血症・高乳酸血症を認める。血液ガス分析でアシドーシスの評価
胸部レントゲンで心拡大・肺水腫(ATE背景のHCM評価)。腹部レントゲンで骨盤骨折・脊椎骨折の評価。心臓超音波検査でHCM・左房内血栓・左房拡大を確認。腹部超音波で腎臓・膀胱・腹腔内出血の評価。四肢のドプラ超音波で血流評価
脊髄圧迫病変(椎間板ヘルニア・腫瘍)・脊髄梗塞(FCE)・脳疾患の検出に最も感度の高い検査。全身麻酔が必要。病変の局在と性状の把握に不可欠。手術適応の判断にも直結する
cTnI(心筋トロポニンI)上昇はATEの重症度と予後相関。NT-proBNP上昇は心疾患の存在を示唆。乳酸値>5mmol/Lはショック・組織灌流不全を反映し予後不良因子。これらを組み合わせてATE vs神経疾患の鑑別と予後評価に活用
自宅での対応
- 優しく声をかけて反応を確認する
- 体温を保つ
- すぐに動物病院に連絡する
- 無理に動かさない(脊椎損傷の可能性がある場合)
治療法
大動脈血栓塞栓症(ATE)の緊急治療
疼痛管理が最優先:ブトルファノール0.2-0.4mg/kg IV/IM +/- ブプレノルフィン0.01-0.02mg/kg。輸液療法(低速:過剰輸液はうっ血悪化)。低分子ヘパリン(ダルテパリン100-150IU/kg SC q12-24h)で血栓進展予防。酸素療法。再灌流障害(高カリウム血症・代謝性アシドーシス)に備えたモニタリング。72時間の集中管理で自然な側副血行路の発達を待つ
片側性塞栓:生存率70-93%。両側性塞栓:生存率15-35%。再灌流時の高カリウム血症による致死的不整脈に注意。長期予防(クロピドグレル)で中央生存期間1年以上に改善
脊髄疾患の治療
椎間板ヘルニア:深部痛覚消失例では早期の減圧手術(片側椎弓切除術)が推奨。深部痛覚が残存する場合は保存療法(ケージレスト2-4週間・鎮痛薬・筋弛緩薬)も選択肢。FCE:特異的治療はなく支持療法とリハビリテーション。脊髄リンパ腫:プレドニゾロン単独またはCHOP系化学療法。脊椎骨折:手術的安定化または保存療法
椎間板ヘルニア:深部痛覚が残存していれば手術で約85-90%が歩行回復。FCE:約70%が部分〜完全回復。脊髄リンパ腫:化学療法で中央生存期間6-12ヶ月
低カリウム血症性ミオパチーの治療
緊急のカリウム補充が治療の柱。塩化カリウムを輸液に混注(0.5mEq/kg/hr以下の速度で慎重に)。重度の低カリウム(<2.5mEq/L)では心電図モニタリング下で投与。原因疾患(CKD・食欲不振)の同時治療。カリウム値の正常化で数時間〜24時間以内に筋力回復
カリウム補充で速やかに改善し予後良好。ただし基礎疾患(CKD等)の予後に依存。バーミーズの遺伝性低カリウム性周期性麻痺は反復するが生命予後は良好
外傷・ショックの治療
ABCの安定化と循環蘇生が最優先。猫のショックでは慎重な輸液療法(10-20mL/kgボーラス、反応を見ながら反復)。骨折は鎮痛・外固定後に手術計画。脊椎不安定骨折は動かさず固定搬送。開放骨折は抗菌薬投与と洗浄。疼痛管理:ブプレノルフィン0.01-0.02mg/kg q6-8h
骨盤骨折:保存療法でも多くが4-6週間で回復。脊椎骨折:深部痛覚の有無が予後決定因子。ショックからの回復は原因疾患の重症度に依存
疫学データ
ATEは心筋症猫の約12-17%に発症し、猫の急性後肢麻痺の最多原因。椎間板ヘルニアは犬より猫では少ないが、高齢猫で増加傾向。低カリウム血症性ミオパチーはCKD猫の重要な合併症。高所落下症候群(High-rise syndrome)は都市部で季節的に増加
ATE:平均8歳。椎間板ヘルニア:8-12歳。FCE:3-7歳。低カリウム血症:CKDの高齢猫。外傷:若齢で外出する猫に多い
メインクーン・ラグドール(ATE/HCM関連)、バーミーズ(低カリウム性周期性麻痺)、品種差は少ない(外傷・代謝性疾患)
ATE入院治療(3-7日):100,000〜300,000円。脊椎手術:200,000〜500,000円。MRI検査:50,000〜120,000円。低カリウム血症治療(入院輸液):30,000〜80,000円。骨折手術:100,000〜400,000円
参考文献
- Feline Aortic Thromboembolism: Recent Advances and Future Prospects — Journal of Feline Medicine and Surgery (PMC)
- The Paralyzed Cat: Neuroanatomic Diagnosis and Specific Spinal Cord Diseases — PMC (Veterinary Clinics: Small Animal Practice)
- 猫の「突然立てなくなる」の症状 — WithPety 獣医師執筆 猫の症状辞典
- 椎間板ヘルニア<猫> — iPet医療事典
- Paralysis in Cats — PetMD
動かないに関するよくある質問
Q. 猫が動かないを見せる原因は何ですか?
猫の動かないの主な原因には、重度の痛み、大動脈血栓塞栓症(後肢麻痺)、脊椎の外傷・疾患、重度の全身感染症、電解質異常、低体温症があります。
Q. 猫の動かないはいつ病院に行くべきですか?
緊急まったく動かない・反応が鈍い
緊急後ろ足が突然動かなくなった
早めに動きが極端に少ないが反応はある
Q. 猫の動かないの自宅での対処法は?
- 優しく声をかけて反応を確認する
- 体温を保つ
- すぐに動物病院に連絡する
- 無理に動かさない(脊椎損傷の可能性がある場合)
Q. 猫の動かないの治療費はどのくらいですか?
猫の動かないに関連する治療費の目安はATE入院治療(3-7日):100,000〜300,000円。脊椎手術:200,000〜500,000円。MRI検査:50,000〜120,000円。低カリウム血症治療(入院輸液):30,000〜80,000円。骨折手術:100,000〜400,000円です。実際の費用は症状の重症度や治療内容によって異なります。