猫の多飲多尿
水を飲む量と尿の量が普段より明らかに増える症状です。腎臓病、糖尿病、甲状腺機能亢進症などの重要な病気のサインである可能性があります。
多飲多尿の要点まとめ
- 主な原因
- 慢性腎臓病、糖尿病、甲状腺機能亢進症、肝臓病 など
- 緊急受診
- 多飲多尿+ぐったり・食欲不振
- 自宅対応
- 1日の水分摂取量を計測する(体重1kgあたり50ml以上は要注意)。新鮮な水を常に用意する
- 治療費目安
- CKD(年間管理費):100,000〜300,000円、甲状腺機能亢進症(月間投薬):5,000〜10,000円/月、糖尿病(インスリン+モニタリング):月間15,000〜30,000円、初期精密検査費:20,000〜50,000円
病態生理
多飲多尿(PU/PD: Polyuria/Polydipsia)は飲水量と尿量の双方が病的に増加した状態であり、猫では飲水量が体重1kgあたり50ml/日以上、尿比重が1.035未満の場合に多飲多尿と定義される。病態生理学的には主に3つのメカニズムで発生する。第一に、腎臓の尿濃縮能が低下する場合(慢性腎臓病、腎盂腎炎)では、尿細管での水再吸収が障害され希釈尿が多量に産生される。体液喪失を補うため代償的に飲水量が増加する(二次性多飲)。第二に、抗利尿ホルモン(ADH/バソプレッシン)の分泌不全(中枢性尿崩症)または腎集合管でのADH応答不全(腎性尿崩症)により水の再吸収が障害される。第三に、浸透圧利尿(糖尿病での糖尿、高カルシウム血症)では溶質が尿細管内に留まり水を引き込む。甲状腺機能亢進症では糸球体濾過量の増加と腎髄質の濃度勾配の洗い出しにより多尿となる。猫の多飲多尿の三大原因は慢性腎臓病(CKD)、甲状腺機能亢進症、糖尿病であり、これらで全体の80%以上を占める。高齢猫では複数疾患が併存することが多く、特に甲状腺機能亢進症はCKDを隠蔽する(甲状腺ホルモンによるGFR増加で腎数値が見かけ上改善する)ため注意が必要である。
考えられる原因
- 慢性腎臓病
- 糖尿病
- 甲状腺機能亢進症
- 肝臓病
- 子宮蓄膿症(未避妊メス)
- 薬の副作用(ステロイドなど)
鑑別診断
猫の多飲多尿の最も一般的な原因。15歳以上の猫の80%以上に何らかの腎機能低下が認められ、30%以上が高窒素血症を伴うCKD。尿濃縮能の低下(尿比重<1.035)が初期所見。進行するとBUN・クレアチニン・SDMA上昇、体重減少、食欲不振、嘔吐、口内炎、貧血を伴う。IRISステージングで重症度を分類
10歳以上の猫の10%以上が罹患する内分泌疾患。甲状腺ホルモン過剰により代謝亢進→多飲多尿・体重減少(食欲は正常〜亢進)・頻脈・活動性亢進・嘔吐・下痢。頸部触診で甲状腺結節を触知することがある。血液検査でT4上昇で診断。CKDを隠蔽するため、甲状腺治療開始後に腎数値が悪化することがある
有病率0.43〜1.24%。約80%が2型糖尿病(インスリン抵抗性+膵β細胞機能不全)。肥満猫で発症リスクが4倍。多飲多尿・多食・体重減少の古典的四徴。高血糖による浸透圧利尿で多尿となり、脱水を補うため多飲。血糖値・フルクトサミン上昇、持続的糖尿で診断。ケトアシドーシス(DKA)は緊急疾患
腎実質の細菌感染により腎髄質の濃縮機構が障害され多飲多尿を呈する。発熱、腰背部痛、食欲不振、元気消失を伴う。急性では白血球増多、CRP上昇。尿培養で細菌検出。超音波検査で腎盂拡張、腎実質の炎症性変化を確認。下部尿路感染症からの上行感染が主な経路
肝機能低下により尿素の産生が低下し、腎髄質の濃度勾配が減弱して尿濃縮能が低下。黄疸、食欲不振、嘔吐、腹水、出血傾向を伴うことがある。肝酵素(ALT、ALP)上昇、アルブミン低下、アンモニア上昇で評価。超音波検査で肝臓の形態変化を確認
血中カルシウム上昇が腎集合管でのADH作用を阻害し尿濃縮能が低下。猫ではリンパ腫、原発性上皮小体機能亢進症、特発性高カルシウム血症が原因。食欲不振、便秘、嗜眠、筋力低下を伴う。血液検査でイオン化カルシウム上昇。PTH・PTHrPの測定で鑑別
中枢性(ADH分泌不全)と腎性(ADH応答不全)に分類。猫では非常にまれ。著明な多飲多尿(尿比重が非常に低い<1.010)を呈するが、食欲・体重は比較的保たれる。中枢性は頭部外傷、CNS腫瘍、先天性下垂体嚢胞が原因。水制限試験とデスモプレッシン試験で中枢性vs腎性を鑑別
未避妊の雌猫に発生。子宮内の細菌感染により産生されるエンドトキシンがADH受容体に拮抗し多飲多尿を引き起こす。開放型では外陰部からの膿性排出物あり。閉鎖型では排出なく腹部膨満。発熱、白血球増多、CRP上昇。超音波検査で拡張した子宮を確認。緊急の外科的子宮卵巣摘出が必要
猫では犬に比べ非常にまれ。コルチゾール過剰によりADH拮抗作用で多飲多尿。インスリン抵抗性を引き起こし糖尿病を併発することが多い。皮膚の脆弱化(皮膚が薄く裂けやすい)が猫に特徴的。腹部膨満、筋力低下。低用量デキサメタゾン抑制試験、ACTH刺激試験で診断
緊急度の目安
| 状況 | 緊急度 |
|---|---|
| 水を飲む量がやや増えた | 経過観察 |
| 明らかに水飲み量・尿量が増加 | 早めに受診 |
| 多飲多尿+ぐったり・食欲不振 | 緊急受診 |
診断の進め方
多飲多尿の評価で最も重要な初期検査。尿比重<1.035が確認されれば多尿の客観的指標となる。尿糖陽性は糖尿病、蛋白尿はCKD、細菌・白血球は感染症を示唆。尿比重<1.010は尿崩症や心因性多飲を示唆。自宅での24時間飲水量測定(>50ml/kg/日で多飲)も有用
BUN・クレアチニン・SDMA上昇→CKD、血糖値・フルクトサミン上昇→糖尿病、ALT・ALP上昇→肝疾患、カルシウム上昇→高カルシウム血症をスクリーニング。白血球増多は感染症・炎症を示唆。貧血はCKDの進行を示唆。10歳以上の猫では必ず甲状腺ホルモン(T4)を測定
高齢猫の多飲多尿では必須。血清Total T4が基準値上限〜高値で甲状腺機能亢進症を診断。正常高値でも臨床症状がある場合はfree T4の測定を追加。甲状腺機能亢進症の治療開始後にCKDが顕在化する可能性があるため、治療前後で腎機能を慎重に評価
腎臓の大きさ・形態・エコー輝度の評価(CKDでは腎臓縮小・高輝度、PKDでは嚢胞確認)。肝臓の形態評価。未避妊雌では子宮の評価。甲状腺のシンチグラフィーは日本では実施困難だが超音波での甲状腺評価は可能。副腎の大きさ評価でクッシング症候群のスクリーニング
一般的な検査で原因が特定できない場合に検討。水制限試験は獣医師の厳密な管理下で段階的に飲水を制限し、尿濃縮能を評価。中枢性尿崩症ではデスモプレッシン投与後に尿比重が上昇。腎性尿崩症では反応なし。脱水のリスクがあるため入院下で実施
自宅での対応
- 1日の水分摂取量を計測する(体重1kgあたり50ml以上は要注意)
- 新鮮な水を常に用意する
- 尿の量と回数を記録する
治療法
慢性腎臓病(CKD)の管理
腎臓病用療法食(リン・蛋白制限食)への移行、十分な飲水環境の提供。IRISステージに応じてリン吸着剤、エリスロポエチン(貧血対策)、ACE阻害薬(蛋白尿対策)、皮下補液を追加。ラプロス(ベラプロストナトリウム)は日本で承認済みの腎臓病治療薬。進行を遅延させるが治癒はできない
IRISステージ2:中央生存期間3年以上、ステージ3:1〜2年、ステージ4:1〜3ヶ月。早期発見と適切な管理で予後改善
甲状腺機能亢進症の治療
抗甲状腺薬(メチマゾール/チアマゾール)による内科的管理が第一選択。日本では放射性ヨウ素治療(I-131)は実施不可。ヨウ素制限食(Hill's y/d)による食事管理も選択肢。甲状腺摘出術は根治的だが術後の副甲状腺機能低下症のリスクあり。治療開始後にCKDが顕在化する可能性に注意
適切な内科管理で予後良好。副反応(20%に嘔吐・食欲不振、まれに骨髄抑制)に注意。生存期間中央値は治療下で3〜5年
糖尿病の治療
インスリン注射(1日2回の皮下注射、飼い主による自宅投与)が基本。プロジンク(PZI)やランタス(グラルギン)が猫で推奨。低炭水化物・高蛋白の療法食。体重管理(肥満の改善)。血糖曲線・フルクトサミンによるモニタリング。約30〜40%の猫でインスリン離脱(寛解)が可能
適切な管理で良好な生活の質を維持可能。寛解率30〜40%(特に早期治療開始で高い)。DKAの予防が重要
原因疾患に応じた特異的治療
子宮蓄膿症→緊急手術(子宮卵巣摘出)、高カルシウム血症→原因治療(腫瘍治療、上皮小体切除)+補液・利尿、肝疾患→原因治療+肝庇護療法、尿崩症→中枢性にはデスモプレッシン点鼻薬。各疾患の原因を特定し、原因に対する治療を行うことが多飲多尿の根本的改善につながる
原因疾患により大きく異なる。子宮蓄膿症は早期手術で予後良好。腫瘍随伴高カルシウム血症は原因腫瘍の予後に依存
疫学データ
CKDは7歳以上の猫の約20〜50%、15歳以上の80%以上に認められる。甲状腺機能亢進症は10歳以上の猫の10%以上。糖尿病は全猫の0.43〜1.24%。これら三大疾患が多飲多尿の原因の80%以上を占める
多飲多尿は圧倒的に中高齢猫(7歳以上)に多い。CKDは加齢とともに増加、甲状腺機能亢進症は8歳以上、糖尿病は中高齢の肥満猫に好発
CKD:ペルシャ、アビシニアン、シャム、メインクーン、糖尿病:バーミーズ、甲状腺機能亢進症:特定品種なし(むしろシャム・バーミーズは低リスク)
CKD(年間管理費):100,000〜300,000円、甲状腺機能亢進症(月間投薬):5,000〜10,000円/月、糖尿病(インスリン+モニタリング):月間15,000〜30,000円、初期精密検査費:20,000〜50,000円
多飲多尿に関するよくある質問
Q. 猫が多飲多尿を見せる原因は何ですか?
猫の多飲多尿の主な原因には、慢性腎臓病、糖尿病、甲状腺機能亢進症、肝臓病、子宮蓄膿症(未避妊メス)、薬の副作用(ステロイドなど)があります。
Q. 猫の多飲多尿はいつ病院に行くべきですか?
緊急多飲多尿+ぐったり・食欲不振
早めに明らかに水飲み量・尿量が増加
Q. 猫の多飲多尿の自宅での対処法は?
- 1日の水分摂取量を計測する(体重1kgあたり50ml以上は要注意)
- 新鮮な水を常に用意する
- 尿の量と回数を記録する
Q. 猫の多飲多尿の治療費はどのくらいですか?
猫の多飲多尿に関連する治療費の目安はCKD(年間管理費):100,000〜300,000円、甲状腺機能亢進症(月間投薬):5,000〜10,000円/月、糖尿病(インスリン+モニタリング):月間15,000〜30,000円、初期精密検査費:20,000〜50,000円です。実際の費用は症状の重症度や治療内容によって異なります。